大瀧冬佳のブログ

男児4人の母が幸せな人生のために暮らしと経済と意識について語るブログ

孤高の存在の価値

いよいよ第三のフェーズに私の人生は向かっている。

 

もう本当にリアルでもネットでも断捨離を昨年から繰り返し、余分なものを切り捨ててきた。その切り離したものや人からたくさんの恩恵を預かり感謝の気持ちを持ちつつ、それもろとも全て私なりの最大の誠意を示したことで自分の中でようやく恩返しが済み、心置きなく私はひとり、旅に出られる感じだ。

 

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私はマス層というところから抜け出て、労働をしない領域に達することを今年の目標にしている。で、私はというよりも、私たちは。つまり家族で、だ。

 

一生かかっても使いきれないお金を持っている人がこの世に存在する中で、99.8%の人間が稼いだお金の中で消費しながら生きて死んでいく。これはずっと苦しいままである。

 

「労働して対価を得る」このマインドを持っているうちはずっとその生き方なのだ。ぐるぐるぐるぐるその中で生きていく。本当の本当の本当にどう生きていきたいのかを考えたら、私には経営者や起業家、実業家としてある程度高い所得を得たとしても、それは私には違和感、望まない未来であり人生。

 

いろいろやめているうちは、まさか自分がこういうところに達するとは思ってもみなかった。怖いけど、まずは今の違和感ある世界をやめてみないと次はないと自分に言い聞かせて、ひとつまたひとつと手放していった。

 

桁違いの存在

桁違いの世界

桁違いの領域

 

そうなってくるとお金はお金ではなくなり、消費という概念も仕事も、時間もさまざまな信じていた常識が崩壊しだす。世界が反転して見えてくる。

 

経営者はすごいと思っていた。反転した今はすごくはないと思うようになった。芸術家が現代に歴史に名を残すほどに成長しない理由までが説明がつく。パトロンの歴史、芸術の歴史、文化の歴史。ありとあらゆるものがリンクして、私が今世で成すべきことが明確になった。

 

だから私は1億円の芸術家なのである。

 

1億円のパトロンがつくに値する芸術家になり得たわけで、まだここからがスタートで、より研ぎ澄ませていく次第だ。孤高になることを恐れない。まだまだ甘い部分があるがここも徹底して、決して驕らず、経営者がすごくはないと言い切ったのは戒めでもある。

 

大瀧冬佳以外が私の師匠。

自分はここからがスタート。

 

短期的ではなく長期的にモノを見て、焦らずに。