心踊らない今日なんていらない

人生ドン底からの逆転学

ダンサーをやめることにしました。

今日まで23年ダンサーとして生きてきましたが、どうもここ最近自分の目指している道、今いる場所、できること、やっていることと世間一般の「ダンサー」と言う職業の概念とに大変なズレがあると気が付きました。

 

踊ることをやめるつまりはないし、舞と言うものを主軸に表現創作活動を今後も続けていきます。

 

でも、もう「ダンサー」と名乗ることは今後はないです。世界に目を向けたら、また「ダンサー」のあり方って日本とは違ってくるかもしれないです。少なくとも今の日本で「日本のダンサー」として不適合なことで貶されたり、できないことばかり責められてしまうのは、居る場所がミスマッチなのだと考えたのです。

 

ダンスのスキル、テクニックの磨き上げは今年もかなり力をいれていて、これも今後も変わりなく継続する予定ですが、それだけじゃ私のやりたいことは達成できないんです。

 

自由に自分を表現できなければ意味がないって私は思っています。踊れればなんでもいいとは、今は全く思えなくなってしまったみたいです。そう言う場所は誰かが用意してくれるものではないことももちろん知っていて、だから場所を開拓すること、唯一無二の自分のステージを作ることも私の仕事なのです。

 

そうなってくると、大変手が足りないので、自分をプロデュースすることをやめました。今よりもっと大きなことをやりたいならば、人の手を借りて、分業にする必要が出てきます。プロデューサーとマネージャーを大瀧冬佳についてもらうことにしました。

 

そして私は、今窮屈に感じているこの場所から、もっともっと自由に表現し、創造していくことに特化していく「アーティスト」と名乗っていくことにしました。

 

表現したいもののためなら、ツールは問わず、絵を描いても、歌を歌っても、楽器を弾いても、曲を作っても、美術を作っても、服をデザインしてもいいと思うんです。

 

現に私は作詞をしたり、美術をしたり、デザインをしたり、演出をしたり、お話を書いたり少しづつ表現の幅がそういえば広がってきていたなと気付いたんですね。

 

私が表現を続ける理由は、もうなんかわからないのですが、おそらくここが特に普通の人と段違いに違う場所な気がします。表現しないと死んでしまいそうなものってみんな普通は持っていないわけですよね。私にはどうしてもそれがあって、これは止められない衝動なのです。この熱量を持ってできることがあると信じています。

 

ま、なので、「ダンサー」と言う元々ある業界の枠にはまっていると、本当に私が殺されるような感覚で気が狂いそうになるのです。だから、もう「ダンサー」じゃなくていいやってなりました。この枠の中で表現しなさいなんて言うのは、私にはとても無理。枠からはみ出して足並み揃えられない人は、みんなでツンボ弾きにするよ、なんて、死ぬより弾かれた方が遥かに楽です。

 

それにここ三年間で「ダンサーの大瀧冬佳と申します」と言う自己紹介を死ぬほどしてきましたが、日本人のダンサーの概念って、踊って食っている人ではなくダンスを教えて食っている人のことなのです。100%、「あ、ダンス教えてるんですか?」って聞かれます。「私は教えはしてなくて、舞台を作ってそこで踊る仕事をしています」というとすごく驚かれます。

でも、ダンサーは踊る人だよね??ダンスの先生ではないんじゃないかって私は思うのですが、世間一般の認識っダンスの先生なんです。

そうでなければ、「劇団四季とか入ってるんですか?」と聞かれるので、私のような人はダンサーとは言わないのかなとずっと疑問でした。

 

一言で言い表すことができる肩書きがあったらいいけど、今のところ、世間に認知されている肩書きでは私は説明つかないな〜と思っています。

 

なので、今後は「アーティスト大瀧冬佳」の認知度を上げていくしかないのかなと思っています。