Rのアーティスト

もがいて溺れている人には見ているだけだが岸にたどり着いた人は助ける人

ダンスカンパニーUzme研修4月生募集開始

【入団希望者さま、Uzme研修生若干名募集開始します】

「年齢は関係ない」
「地域も関係ない」
「子どもがいるいないも関係ない」
「性別も関係ない」
という指針のつもりはありませんでしたが、今までUzmeの団員になった30名を超える方々は何かしらのあらゆるボーダーを超えてステージに立つ方々でした。そこに強さがあったり光るもの惹きつけるものがあったと思います。

団長がボーダーや限界を感じさせない生き方をしているからかもしれません。

しかし2018年の下半期からUzmeは「年齢は関係ない」とはいえダンサーのダンサー人生を磨耗しないで済む取り組みを本格的に始めました。そこにはやはりUzmeが大切にしている基礎基本という理念を改めて見直すことでした。しっかりと丁寧に怪我をしないカラダ、逆境に負けないメンタル、などなど日々の生活がひとときのステージを照らします。

前回2名さまの研修生応募を受け、伊芸美紀が現在も研修生として日々稽古に励んでおります。彼女は著しい成長を遂げこの半年足らずで、多方面から顔や姿勢、体が変わったとお声を頂くそうです。

ステージ1本を経験するなど、より実践も交えつつ、Uzmeが考える芸術家のビジネスやマーケティングの本質も座学として学んでいます。本番立居振舞、メイク基礎から応用まで自立したダンサーの育成に力を入れています。

一度にたくさんの方を見ることはできないので、今回募集は2名様のみとさせていただきます。

■研修期間は
【2019年4月1日〜2019年5月31日】
2ヶ月ごとの更新となります。

■研修内容は
例)・パーソナルトレーニング
(バレエ基礎、トレーニング、メンテナンス、筋膜はがし、ストレッチ、深層筋トレーニング、表現、振付等)
・文章力
ブランディング
など個人の状態に応じたレッスン内容を組み立てていきます。

■研修日と場所
毎週水曜15:00-17:00 (又は毎週月曜13:00-15:00) 東秋留駅徒歩2分のスタジオ
毎週土曜10:30-12:30 高田馬場駅徒歩5分のスタジオ

週2日 4時間×8週
※日程の変更相談は事前に承ります。お振替可能ですので確実に16回ご受講可能。

■金額
64,000円(税込)
※前月末日までに32,000円現金又はクレジット払い。月ごとのお支払いとなります。

■お申込み方法
ご受講には事前面談がございます。人柄、考え方、状況などを見させていただき一定条件をクリアしましたらご受講いただけます。

研修希望の方は、下記メールアドレス(ダンスカンパニーUzme事務局宛)に【2019年3月24日12時まで】に研修希望の旨メールください。

面談日時をご相談の上決定→面談→研修生決定のご連絡・ご案内→内容同意頂けましたら→お支払い→研修開始(2019年4月3日より)

という流れになります。

【応募先アドレス】
uzme.thedancecompany@gmail.com
件名「Uzme研修2019年4月希望〇〇」
〇〇には氏名を入れてください。
・氏名
・年齢
・住所
・電話番号
・メールアドレス
・希望動機

お金の正体

日本銀行券(現金)も仮想通貨である。

 

現金ってあたかもそこに価値が確かにあるような意味に受け取れてしまうが、実はない。

 

大昔はあったのだ、純度の高い金貨や銀貨、現代の現物資産のような形でお金は存在していた。だから価値があると人々は信用した。けれども大量に作ろうとしたら、銀も金も採掘して鋳造して刻印して…と手間がめちゃめちゃかかる。金銀の量も限られている。しかも持ち運ぶのは重い!なので、これだけの金貨を持ってますよーという証明書を発行して売買されるケースもあった。

 

世界の富に対し金が足りない、なので中世の人たちは錬金術で金を掘り起こすのではなく作れないかと躍起になった。けど、誰かがポツリと言ったんだ、「これ、紙でよくね」って。

 

そこから紙幣が誕生して、お金は概念だけの存在になった。それがお金だとみんなが認識したらお金になる。架空の価値を信じる時代のはじまり。

 

時代は進み、金融が生まれ、現代の仕組みになっていったわけだけど…銀行、投資家、企業…そういう成り立ちを考えていくとお金は魔法。お金は人。人はお金。

 

子供の頃に「お金がないなら、作ればいいじゃん?なんでいっぱい印刷しないのか?」と大人に聞いたことがあったのを思い出した。

世界を裏で操る悪の支配者なんていない

そんな人たちそんな組織はおらず、正体は自分である。

 

凡ゆる社会問題、陰謀論その全てをだれか得体の知れない組織や人のせいにした集団催眠なのだろう。実態のないお金をみんなが信じるように、生きにくいと思っているこの世の中はあなたが作っている。

 

現にそこから抜け出すのはとてもとても簡単なことだった。叶わぬ夢でも、世の中の極々一部の恵まれた人たちだけが享受できるようなことではなく、どんな生まれであっても可能なことだった。

 

本気で自分の幸せをとことん考えている人なんかいない。だからずっとラッドレースから抜け出せないのだなぁ。そこに学歴も才能も職歴もやっぱり関係なかった。

 

そんなことを改めて実感した日。

情報整理に情報カードを再導入

 

脳内エントロピーを低くするのが目的

エントロピーというのは乱雑さのこと。要はごちゃごちゃしてると生産性が落ちるよね、整理しましょうってことなのだが。例えば部屋の乱雑さ、思考の乱雑さ、データの乱雑、見えるもの見えないものいろいろあるが極シンプルにすることは私の大事なテーマ。

 

脳みそも吐き出さないとパフォーマンスが落ちるのだ。

書き出すことそのものに意味がある

書いた事柄を覚えようとか、記録しておこうとか、整理しようって気はさらさらない。よくノートを最後まで書ききれない人の多くが陥る点として、整理しよう、綺麗に書こうという間違いがある。

ノートは綺麗に書かなくていいし、基本1テーマ1ページ。だから1ページに数行のみしか書いてないときもあるし、汚くて読めないこともある。それでもOK、むしろそれでいい。

なぜなら、書き出すことに意味がある。アイディアが出てこないとか、考えが足りないってなってしまうには理由があって、それは脳が重たくなっているから。「出す」のが大事。

覚えるためや見返すためではなくて、むしろ忘れるために書くのだ。脳内には今着手しているタスクのことだけ考えればいい状態にする。プラス、これからのことを考えるために過去のことはどんどん外部の保存ファイル(ノート)に移していくイメージ。

やり方(ノート)

ノートは使い分けることはせず、スケジュールもメモも日記も学びもすべて1冊にまとめる。私も以前は、仕事用、プライベート用、学習用、スケジュール帳と分けていたが今は1冊に書き込んでる。

日付とアイコン、タグうちなど自分のルールを設けて滅多に振り返ることはしないけれどもページによっては1〜2週間前程度のことであればさかのぼって見返すこともあるのでそれが見つかりやすい程度に目印を書いておく。

情報カード

情報カードは名刺サイズの倍くらいの大きさで厚みも名刺くらいのカードのこと。ダイソーで売ってる。これを使って上記ノートとほとんど使い方は変わらないが1テーマ1枚で、裏には書かず表面だけに書いていく。

考えられない自分

「自分の頭で考えなさい」とよく言われるだろう。しかし考えてない人間などいない。なのに考えろ、考えろって言われる。考えぬくと言うことが足りないのと、考えているようでそれはすでに誰かが考えて答えを導き出したことの焼き増しの焼き増しみたいなただの風化した知識だったりする。まるでオリジナルで考えたかのように思うけれど、100%誰かが考えたことなのだ。

ノートや情報カードを使う意味、理由は知識をため込むことではない。私はどうしても自分の中から答えを考えて出せるようにしたかった。これに特化したシステム、習慣を考え試し続けた結果この形に今は落ち着いている。

だからシステムの完全な説明はこの記事ではしない。あなたがシステムから考えることが大事だからだ。

 

 

 

29歳になりました、

 これからのことを話そう。

 

たくさんメッセージ頂いたし、返信しないとだなと思いながらも一つも返事せず。なんでかって、何を返事したら良いのかさっぱりわからなくなってしまった。伝えたいことが何もないのと、何を伝えられたのかピンとこない。

 

「仕事に子育てに大変だと思うけど頑張ってね」とか「幸せな一年になりますように」と実にふつうのことを伝えられているわけだけど。

 

大変でも忙しくもなく、あぁこの人たちは仕事も子育ても大変で忙しいという前提で生きているのか。全然私は大変じゃないですよーと伝えると嫌味っぽいし、そうですね頑張ります!と書くのは嘘になるし。で、見なかったことに。

 

とても小さな取るに足らないことではあるけど、その小さなことさえ自分に嘘はつけない。嘘をついてまで継続していかなくてはならない関係性を保つ理由が見出せない。

 

去るという選択が一番正しい。

 

なのでこれからのことを話したい。私たちは出産までに貯金を1,000万増やす、プラス、8人乗りのデリカを新車で現金一括で購入する。

 

出産は無痛分娩にして、復帰を早める予定。夫には来月、現在の仕事をやめ育児と家事とこのプロジェクトをガンガン進めてもらう。私たちは住む家はこのまま引っ越さず来るべき時が来たら、これまた現金一括で家を買う。これは恐らく29歳中には無理であろうけれども30歳の目標にしたい。

 

29歳の最後の日までに純資産を1億にする。お金の話ばかりしたが、目的はそこではなくてもっと深いところにある。よって生活水準は入ってくるお金と資産がどれだけ莫大になろうが現在のすべて込み込み月50万を継続すること。

 

そして、私たちは労働はせず、最低日給35万円が今年の目標。これによって第二フェーズにすすめる下地がようやく整う。30歳からやりたいことがまだまだあるのでそこに向けてレッツラゴー。

 

人と逆を行く。なぜなら私たちには叶えたい夢があるから。時間を無駄にしてる暇はない。出し惜しみなんてしていられない。遠慮もできない。

情報断捨離をしてみて

1日に入れてた情報量を1/100に。

テレビ、ネットを一切見ず、私は専業主婦なので人と会うこともあまりない。すると1日に入る情報は自分の目で見たもの感じたもの聞こえたもの。それだけ。

 

そんな私は昨年は毎日1〜3投稿くらいとかなりの頻度でFacebookTwitterInstagram、ブログと行ってた。今はここだけ。

 

スマホ、パソコンを触ってる時間はもしかしたら1日の1/4くらいにはなっていたかもしれない。ちょっと私は特殊で、受信側というよりかは完全に発信者としての利用だったので、スマホに触れていない時も、どう文章を組み立てるかデザインはどうか、誰に情報を届けるかという目線で世の中をみて、そして思考回路がそんな感じだった。

 

これを毎日3年間、腰を据えてやった成果、結果はしっかり出ていてそれはそれでよかった!

しかし、次、もっと楽しく生きていきたいなぁと考えた時、夢はここの延長上にはない気がしたので思い切ってやめてみることに。

 

会う人には私からしたら全然久しぶりじゃないのに、「すごい久しぶりー!」と必ず言われるように。それは、タイムラインでみんな側は私のことを毎日見ていたからだ。みんなの生活には私が組み込まれていたということ。私側からはその人たちは発信をしないので見ることはなく、会ったその時だけしかこちら側は知らない。

 

みんなは私のことをよーく知っていて、私はほとんどの人のことを名前や顔すら知らないというのが当たり前の状況。

 

電車に乗っていて「出産おめでとうございます」とか「結婚おめでとうございます」とか知らない人に声をかけられることもあり、Facebookをやめた今は「冬佳さんの言葉をかけなくなって寂しいです」と先日言われた。

 

ただの一般人であるがSNSというのは本当にすごい可能性がある媒体だ。

 

やめた今は、「やめてみて寂しくはないの?」「また再開することはないの?」「どんな変化があった??」ということをよく聞かれる。

 

やめた結果、何も不便に思うことも寂しいこともなく、依存症のような落ち着かなさなども全くないことに私自身驚いている。もっと無になってしまったりするのかなーと思っていたけどかなり充実している。支障も特にない。

 

ダンス関係のこと、仕事、自分のこと、創作などなどが非常に濃くできる!今までは今現在こういうことをしているというのを発信しながらの創作だったり仕事だったり、考える、感じる、訓練する、だったのが今は誰かの目があることも気にせずひたすら自分だけに集中できることがとってもいい感じだ。

 

携帯で写真を撮ることがすごく減った。周りを見渡せば、観光も食事も友達との遊び、彼氏のデートもスマホでみんな写真を撮る。SNSに載せることを考えながらのデートや旅行、食事というのはその時間を最大限に楽しんでると言えるのだろうか。

 

今の私は子供だけに、夫だけに、大切な人だけに集中できる。ちょっと前まではこんなに意識がいろんなところに散らかりながら時間を過ごしていたのだなーと。

 

テレビのニュースは9割がネガティヴなことか自分には関係のないくだらないことばかりである。知らなくても何も困らないどころか、むしろ精神衛生上良いのと、私は昔から何かを聞きながら他のことをするのができず、頭がおかしくなりそうな気持ちになってしまうのでテレビはここ10年くらい持っていない。

 

よしテレビを見ようと他のことをやめてならば見ることができるのだけど、そこまでして見るような番組がないことがほとんどだったので置いていない。

 

それと同じ理由で、Facebookなど自分が発信する目的がなくなった今、時間をとってまで見るほどのコンテンツはない。Facebookで流れてくる情報は第一情報でもなければ、その人から紡ぎ出された言葉でもないので知る必要性がない。

 

何度も何度も何度も何度も刷られたようなヨレヨレの情報を取り入れていると、脳はそれに慣れていき違和感も覚えなくなるだろう。実際、本当にそれが私の生活や考えを変えているだろうか、刺激になっているのだろうか、何をもたらしているのだろうか。

 

ただの暇つぶしでしかない。

 

要らない情報だとわかっていても、それを取り入れないことにしたらあなたの1日はほとんどやることがなく、隙間だらけになる。何もなくなってしまうかもしれない自分の人生が怖くて不要なことをたくさんしたり言ったり。

 

それでも一つずつ大切なものを人生に詰めていけた方が幸せだと私は思う。

 

「できない」「わからない」を隠す、誤魔化すは愚の骨頂

なぜわかったふりをするのか

なぜできてるふりをするのか

 

大事なのはあなたができるようになること

 

できないことがカッコ悪いんじゃない

わからないことがカッコ悪いんじゃない

 

本当はできてないのにできてるふりをする

わからないことを有耶無耶にして誤魔化す

それの方が100倍カッコ悪い

 

そのプライド早く手放した方がいい

 

なりたい自分

行きたい場所

目的地を設定したい

 

目的地が明確になったら

現在地を確認しないと

どの行程で所要予測時間はどれくらいか

どんなルートがあるのかが割り出せない

 

にも関わらず!

できない自分を認めないとか

わかってないのにわかってるふりをするというのは

 

現在地を嘘ついて設定したり

適当に「あーたぶん近くまでいるはず〜」と誤魔化してるのと同じこと。

 

自宅から空港に行き、空港から飛行機に乗る。スタートは自宅で、自宅にいると信じたいかもしれないけど、残念ながらもっーと交通の便の悪い山奥からのスタートだったかもしれない。

 

一緒に旅行に行こうと言った相手はもっと目的地近くに先に行っちゃってるかもしれない。相手に「今どこにいるの?」って聞かれて、本当は山奥なのに「あぁ、大丈夫、大丈夫!」などと謎な返答をしていないか。

 

自分の現実を受け入れるのはほとんどの人にとって怖いこと。けれども、優劣や勝ち負け善し悪しという世界に生きていない人間からしたら、ちょっと何を言ってるのか意味が理解できない。だって、現在地教えてよ!現在地、自分に嘘ついて何したいのかさっぱりわからない。え?旅行に行く気ないのかな??

 

プライドが邪魔をする。

多くの人が叶えたい未来に対して、現在地すら設定してないのにひとまず進み出してしまう。方法に手を出す。手っ取り早く海外に行ける方法論ばかりに目がいっていて、あの本にはこう書いてあった!あの人はこうしたら良いと言っている!と知識ばかりを増やして、自分を見ない。

 

だから辿り着けない、いつまでもいつまでも山奥の中から、妄想しているだけ、文句や不満を言っているだけ、進んでいる人の批評家になっているだけ。自分は山奥にいることすら認められないのに!!!

 

あなたの魂をちゃんと体に戻してあげて欲しい。体と一緒に心、魂を一つにして、一歩一歩進み出して欲しい。

 

できないことは恥ずかしいことでも、誰かに馬鹿にされることでも何でもない。なぜあなたが自分の現在地を認められないかっていうと、あなた自身が「お前まだそんなとこにいるのかよ!馬鹿だな」と心の中でほかの誰かを見下している、ジャッジしてきたからなんだろう。

 

優劣の世界、勝ち負けの世界、良い悪いの二元論の世界にいるとそういうことが起こるけれど、大人になるとびっくりするくらいそうなってしまっている。

 

自分がそうだとすら気付いてない。きっとあなたも「そうそうそうそう!」と激しく頷きこの話に同意しているのであろうが、その、あなたのことだよ。根は深い、大人になってまで恥ずかしい思いはしたくない。仲間外れにされたくない。自分だけわからないなんて嫌!

 

わかったふりばかりが上手くなっていく。

 

 

本当に変えたいのは何?

どこへ行きたいの?

 

生まれて死ぬ。いつか絶対に死ぬ。死ぬ日は今日かもしれないし、90年後かもしれないし、誰にもわからない。きっと暇だから、守るものを守る気もないから、いつまでも謎なプライドにしがみつくのだ。

 

別にいいんだ、あなたが山奥にこもってることで私の人生には何の支障もきたさない。

 

だけど…あなたとは同じ未来を見て一緒に歩きたい。早くどこにいるのか教えてほしい。